目次
1. 教育の質的転換が求められる背景
近年の学習指導要領、次期学習指導要領の議論、国立教育政策研究所(国研)の研究、さらに生徒指導提要(2022年12月に12年ぶりの改訂)や都道府県教育センターの報告書において、教育の質的転換の必要性が繰り返し示されています。
社会の変化は加速度的に進み、児童生徒に求められる力は、知識の習得だけではなく、「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力」「多様な他者と協働する力」「自己理解・自己肯定感」「社会の中でよりよく生きる力」へと広がっています。
こうした力を育むためには、従来の「教師中心の一斉指導」だけでは限界があります。学習指導要領が掲げる「主体的・対話的で深い学び」を実現するには、教師の授業観・学習観そのものを問い直し、学習者中心の授業へと転換することが不可欠です。
しかし現状では、依然として「同じ教材を、同じ方法で、同じ目標に向けて教える」という画一的な授業が多く、児童生徒の多様性に十分応じきれていないという課題が残っています。
学習指導要領が掲げる「主体的・対話的で深い学び」の実現には、教師自身の授業観・学習観の転換が強く求められています。そこで、教育の質的転換を実現するために教師に求められる役割と授業改善の方向性について考えてみたい。
2. 教師中心から学習者中心への転換が不可欠である
学習指導要領は、学習者の主体性を尊重し、個別最適な学びと協働的な学びの一体的充実を求めています。国研の研究でも、学習者が自ら課題を見いだし、試行錯誤しながら解決に向かう過程こそが深い学びを生むとされています。そのため、教師の役割は「教える人」から「学びを支える人」へと変容しなければなりません。教師は次のような多様な役割を担う必要があります。
- Guide(案内者)として学習の方向性を示す
- Prompter(黒子)として必要なときにそっと支える
- Spectator(観客)として学習者の主体的な活動を見守る
これは、単に指導方法を変えるという表面的な改革ではなく、教師の学習観そのものを問い直す質的転換です。また、児童生徒は十人十色であり、認知特性、興味関心、経験、価値観、学習速度などが大きく異なります。にもかかわらず、児童生徒全員に同一の教材・同一の方法で指導することは、学習意欲の低下や自己肯定感の損失を招きかねません。「個性の重視」という教育課程の理念を実現するためには、学習者の多様性に応じた柔軟な授業設計が不可欠です。
3. 個別最適な学びを実現する授業改善の具体像
国研や都道府県教育センターの研究成果、各学校の実践を踏まえ、学習者中心の授業がどのように成立するかを具体例で示します。
(1)一斉指導と個別学習の組み合わせ
すべての教材を個別化することは現実的ではありません。そこで、
- 導入や概念形成は一斉指導で行い、
- その後の課題解決や探究活動は個別・グループで進める
といった「ハイブリッド型授業(1)」が有効です。
例えば、理科の観察・実験では、基本的な手順や安全指導は一斉に行い、その後は各自の仮説に基づいて観察・実験の条件を変えるなど、個別最適な探究活動へと展開できます。
(2)発展課題・選択課題の設定
学習者の興味関心や理解度に応じて、「基本課題」「発展課題」「選択課題」を用意することで、学習の深まりを保障できます。国研の調査でも、選択課題の導入は学習意欲の向上に寄与することが示されています。
(3)教材・教具の個別化
特別支援教育の視点を取り入れ、「個別の認知特性に合った教材」「ICTを活用した学習支援」「実物や体験を重視した教材」を用意することで、学習者の理解を確実に支えることができます。「体がノートである」という表現が示すように、直接経験を通した学びは深い理解につながります。
(4)学習の見通しと振り返りの重視
学習者が「何を目指して学ぶのか」を理解し、「どこまでできたか」を自覚することは、主体的な学びの基盤です。都道府県教育センターの報告書でも、学習の見通しと振り返りを取り入れた授業は、学習者の自己調整力を高めることが示されています。
4. 教師が授業を変えるための実践的アプローチ
教育の質的転換を実現するためには、教師自身の変容が不可欠です。ここでは、学校現場で取り組みやすい改善策を示します。
(1)授業改善サイクルの確立
「授業デザイン」「実践」「振り返り」「改善」というサイクルを組織的に回すことが重要です。授業研究や校内研修を通じて、教師が互いに学び合う文化を育てることが求められます。
(2)個別最適な学びのための教材整備
「一斉指導用教材(教科書、黒板提示資料、スライド、全体向けワークシートなど)」「個別学習用教材(個別プリント、動画解説、デジタルドリル、補充問題など)」「発展課題(標準レベルを超えて、思考を深める課題)」「選択課題(読書感想のテーマ選択、探究など)」「ICT教材(学習アプリ、動画教材、シミュレーション、AIドリルなど)」を体系的に整備することで、学習者の多様性に応じた指導が可能になります。
(3)学習者理解の深化
学習者の興味関心、認知特性、学習履歴を把握するために、「観察」「面談」「学習ポートフォリオ」「ICTによる学習ログ(2)」などを活用し、指導の個別化につなげます。
(4)教師の役割意識の転換
Guide(案内者)・Prompter(黒子)・Spectator(観客)としての役割を意識し、「教える量」よりも「学びを支える質」を重視する姿勢が求められます。
5. 教師の変容が教育の質的転換を生む
教育の質を本当に高めるためには、制度や教材を変えるだけでは不十分です。最も大切なのは、教師自身が「学習者中心の授業」をめざして考え方を変え、児童生徒の多様性に応じた指導を追究し続けることです。
学習指導要領が示す「個別最適な学び」と「協働的な学び」は、特別な学校や特別な教師だけが実現できるものではありません。日々の授業を少しずつ改善していく積み重ねこそが、教育の質を高め、児童生徒一人ひとりの可能性を最大限に引き出す力になります。
教師が変われば授業が変わります。授業が変われば児童生徒もが変わります。そして、児童生徒が変われば学校全体が変わっていきます。
コラム (1)「ハイブリッド型授業」とは
ハイブリッド型授業とは、「対面授業」と「オンライン授業」を組み合わせた授業の形です。簡単に言うと、教室で学ぶ児童生徒と 自宅などからオンラインで参加する児童生徒が、同じ授業に同時に参加できるスタイルです。
■なぜ「ハイブリッド」なのか
- 対面の良さ:その場の空気感、表情、活動のしやすさ
- オンラインの良さ:場所に縛られない、資料共有がしやすい、個別対応がしやすい
この両方の良さを「いいとこ取り」するのがハイブリッド型授業です。
■具体的にはどんな授業か
例えばこんな場面があります。
- 体調不良や不登校で登校できない児童生徒が、オンラインで授業に参加する
- 教室ではグループ活動、オンラインでは個別ワークを進める
- 授業の一部を録画しておき、後から復習できるようにする
- タブレットを使って、対面・オンラインの児童生徒が同じワークシートに書き込む
■教師がまず押さえておくポイント
- 対面授業とオンライン授業を組み合わせたものが「ハイブリッド型授業」
- ICTを使うが、難しいことを全部やる必要はない
- 目的は「便利さ」ではなく、学びの機会を広げること
- 児童生徒の状況に合わせて、柔軟に授業を設計できるのが強み
ハイブリッド型授業とは、場所が違っても同じ学びを共有できる授業スタイルです。教師にとっても、児童生徒にとっても、学びの選択肢を増やしてくれる方法と言えます。
コラム (2)「ICTによる学習ログ」とは
「ICTによる学習ログ」とは、タブレットやパソコンを使って、児童生徒がどのように学習したかを自動的に記録する仕組みのことです。これによって、先生は児童生徒の学習の様子を細かく知ることができ、指導の改善に役立てることができます。学習ログには、例えば次のような情報が含まれます。
- どれくらいの時間、学習に取り組んだか
- どの教材をどれだけ見たか
- 正解した問題・間違えた問題の傾向
- 問題を解くときの考え方(解答のプロセス)
- どこでつまずいたか
- 書いた文章の量や内容
- 協働学習での発言や投稿の内容
- 振り返りに書いたこと
- タブレットの操作の様子(スクロール、クリック、視線の動きなど)
これらの情報は、先生が普段の観察やノートのチェックだけでは気づきにくい、「学びの途中の様子」を見える形にしてくれます。つまり、学習ログは「児童生徒がどのように学んでいるのか」を理解するための大切な手がかりです。先生はこのデータをもとに、「どこで困っているのか」「どんな支援が必要なのか」「どの学習方法が合っているのか」をより正確に把握でき、一人ひとりに合った指導につなげることができます。
