Q AI時代こそ「非認知能力」が必要であることを研修会で教えていただきました。現行の指導要領に「非認知能力」はどのように示されていますか。 (中学校主幹教諭 42歳 男性)
今日、生成AI(人工知能)が急速に人間の活動領域に進出するなど、社会が大きく変化する中、学力観も転換期を迎えています。人間は今後、AIが代替できない分野で力を発揮し、正解のない問題に力を合わせて対処することが求められています。そこで注目されているのが、創造性や協調性など人間ならではの能力で、「非認知能力」と呼ばれ、文部科学省も学力の要素として重視しています。
日本型学校教育の強みと弱み
これからの義務教育や学校教育の在り方を考える上で、これまでの日本型学校教育の「強み」を、誇りをもって一層伸ばすと同時に、「弱み」を共有し、補うという視点も重要です。日本型学校教育の弱みとして指摘されている、正解主義、教師主導的、予定調和的な在り方から抜け出し、一人一人の子供を主語にした学校教育の実現に向け、時代や社会の変化に応じて日本型学校教育の良さを受け継ぎながら更に発展させていくことが求められています。
【日本型学校教育の強み】
知・徳・体をバランスよく育む全人的な教育は、国際的にも評価されています。こうした全人的な教育を重視する考え方が学習活動における教師による子供たちへの働きかけに反映され、教師は、子供たちへの信頼や期待の下、その価値ある行動を見取り、子供たちに伝えることで意識付けを行うという積み重ねを通じ、その資質・能力を育成してきました。OECDのPISAにおける世界トップレベルの数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシーなど、国際的にも高い水準で子供たちの知識や思考力を育んできているほか、家庭の社会経済的背景(SES)が児童生徒の学力に影響する度合いが低く、さらに学校の授業などがそれを軽減している可能性があります。
また、学習機会・学力や全人的な発達・成長を保障することに加え、人と安全・安心につながることができる居場所・セーフティネットとしての福祉的な役割も担ってきました。
【日本型学校教育の弱み】
「全ての子供たちが同じことを同じように出来るようになる」ことや、全員を同じ「正解」に導くことを目指し、過度に同調圧力を高めている傾向があります。このような有様は、結果として子供たちの学習の自立を損ない、子供たちを自立した学習者として十分に育むことができない場合があります。また、子供たちの行動を統制したり、管理したりする傾向が強く、形式的な伝統行事の実施等の前例踏襲による学校運営が教師の多忙化にもつながっています。さらに、子供たちの幸福度は世界と比べて低く、自己肯定感や自己有用感、自ら未来を切り拓いていく力や意識を高めていく必要があります。
学習指導要領と学力観の変遷
【二流のロボット】
「分かりきった答えを教える授業では、子供は二流のロボットにしかなれない」。2023(令和5年)年5月に来日した経済協力開発機構(OECD)のアンドレアス・シュライヒャー教育・スキル局長は記者会見で語りました。
OECDは報告書「教育はテクノロジーとの競争に負けるのか?」を公表しました。読解力や数学的思考力のテストをAIと人間が受けた場合、2026年にはAIが人間を上回ると予測しました。様々な仕事がAIに代替されることが予想され、人間はそれ以外の分野で能力を発揮することが求められます。シュライヒャー局長は「今の教育制度は、創造性の芽をつんでいる」と語り、挑戦する力や失敗を恐れない態度などの能力を伸ばす必要性を訴えました。記者会見で強調された創造性や挑戦する力は「非認知能力」などと呼ばれる数値で測定できない能力を指し、近年身につけるべき学力の一つとして注目されています。

【脱・知識量】
日本では長年、「学力とは知識量」という考え方が主流でした。年表を丸暗記しなければ解けない入試問題はその典型です。高度経済成長期以降「有名大学に入り、大企業に入社すれば一生安泰」という価値観のもと、受験戦争に駆り立てられた子供たちが知識の詰め込みに明け暮れました。
しかし、知識量を追求するだけの勉強は子供たちから学習意欲を奪い、1970年~80年代には校内暴力や不登校が深刻化しました。学校の荒廃を問題視した政府は、教育の在り方を話し合う首相直属の「臨時教育審議会」を1984年(昭和59年)に設置し、知識偏重の教育の見直しを決めました。一斉に同じことを教える教育から、子供が自分の意欲に沿って学ぶ教育への転換が図られ、明治以来の教育システムを改革するものでした。
国は約10年に1度「学習指導要領」を改訂しており、1992年度(平成4年)からは子供の関心や意欲、態度を重視する「新学力観(新しい学習指導要領が目指す学力観)」を掲げました。その考えを引き継ぎ、2002年度(平成14年)からは「生きる力」を育むことを掲げた指導要領を実施しました。
この時に導入されたのが「総合的な学習の時間」です。自身の関心に沿って自ら学ぶ画期的な授業ですが、授業時間と内容の削減も同時に打ち出されたため、学力低下が懸念され、ゆとり教育の象徴として批判されました。学力低下論争に拍車を掛けたのが、OECDが2000年(平成12年)から始めた国際学習到達度調査(PISA)です。2003年(平成15年)に実施された2回目では、日本の「読解力」は2000年の8位から14位に下落。学力向上への圧力が強まりました。
その後、国内総生産(GDP)が中国に抜かれるなど、日本の国際的地位が低下する中、国は2011年度(平成23年)からの指導要領で、思考力・判断力・表現力を重視する国際標準の「PISA型学力」を取り入れ、教育施策の立て直しを図りました。
【現行の指導要領に「非認知能力」を明示】
「認知能力」とは知識の力で、「知識・技能」、「思考力・判断力・表現力等」を含む、知的な能力のことをいい、知能検査や学力テストで測定できる学力や知能です。これに対して「非認知能力」は、テストや検査で測定できない、目に見えにくい意欲や意志、情動、社会性に関わる能力を指します。

現行の学習指導では、育成すべき資質・能力として「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」を3つの柱としています。このうち「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力等」は認知能力にあたり、「学びに向かう力、人間性等」が非認知能力にあたります。この2つは相互に関連し、一つの活動の中には必ず認知面と非認知面が含まれており、共に育つとされています。
経済協力開発機構(OECD)によると、非認知能力は「社会情動的スキル」であると位置づけられ、3つの要素を軸としています。①目標の達成:忍耐力・自己抑制・目標への情熱、②他者との協働:社交性・敬意・思いやり。③情動の制御:自尊心・楽観性・自信。
さらに、文部科学省は小学校教育につながる幼児期の学びの特性として、非認知能力を3つの観点からまとめています。①自分の目標を目指して粘り強く取り組む。②そのためにやり方を調整し、工夫する。③友達と同じ目標に向けて協力し合う。非認知能力とは物事に対する姿勢や取り組み方、他者との関係の構築など、日常生活や社会活動において重視される能力を指します。

2020年度(令和2年)から実施されている現行の指導要領は、学校で身につけるべき学力を「実社会でも通用する力(資質・能力)」と位置づけたのが特徴です。学力は3つの要素に整理され、従来「知識・技能」と「思考力・判断力・表現力」に加え、「学びに向かう力、人間性」も明示されました。これは非認知能力にあたる力です。
約30年前に指導要領が掲げた「新学力観」(新学習指導要領が目指す学力観)も、子供の意欲や関心を伸ばそうという点では非認知能力を重視していました。しかし、そこには質的な違いがあります。「新学力観での非認知能力は、学習に関心を持たせるため『子供の内面に働きかける力』でしたが、現行の指導要領でいう非認知能力は『実社会で役立つ力』で、目指すものが違います。また、時代背景も異なります。
デジタル化による産業構造の変化や、気候変動による災害の激甚化など、現代は予測不能な時代です。かつては課題に取り組む勤勉さが重視されましたが、今は挑戦し、人と関わりながら新しいものを生み出すような非認知能力を育てる必要があります。近年、学校で「探求活動」が重視されているのも同じ背景によるものです。答えのない問いに対し、自ら課題を設定し、探究し、解決策を提示します。そこには積極性や好奇心といった非認知能力を伸ばす狙いもあります。
【自覚促す】
非認知能力への関心は世界的に高まっています。OECDは2019年(令和元年)、非認知能力に関する初の大規模調査を実施しました。フィンランドや中国など9か国10都市の子供を対象に「好奇心」や「創造性」などを調べました。調査後、OECDは「教員との関係が良好だと非認知能力が高い」など、各国の教育当局に向けにヒントを提示しました。日本でも宮城県や埼玉県、富山県など非認知能力の育成に積極的な自治体が現れ始めています。
教育現場の先生方からは、「指示待ちの子供が多い」という声をよく聞きます。しかし、そのような状況を作っているのは、指示に従う子を「よい子」とする教師(大人)の側ではないでしょうか。非認知能力が学力に位置づけられたことで、子供自身が課題を見つけ、解決していく力も、育むべき重要な資質だという考えが広がることを期待したい。それには、なによりも教師の意識改革が必要です。